1. はじめに
感染制御に携わる薬剤師として、私は日々「感染の連鎖をどこで断ち切るか」を考えています。その立場から、ぜひ知っていただきたいのがHPVワクチンです。
日本では「子宮頸がんワクチン」という呼び名が広く知られているため、女性だけの話と思われがちです。しかしHPV(ヒトパピローマウイルス)は男女どちらにも関わるウイルスで、ワクチンは特定のがんを予防できる数少ない手段のひとつです。この記事では、病院での感染対策の考え方も交えながら、できるだけ丁寧にお伝えします。
2. HPVとは:ごくありふれたウイルス
HPVは、特別な人だけが感染するウイルスではありません。主に性的接触で感染し、多くの人が一生のうちに一度は感染するといわれています。
米国の推計では、異性のパートナーが1人以上いる人が生涯でHPVに感染する確率は、女性で84.6%、男性で91.3%とされています(出典①)。これは米国のモデル推計で、日本の実測値ではありませんが、感染が身近であることを示しています。
多くの感染は自然に消えますが、一部が長く続くと、次のような病気につながることがあります。
- 子宮頸がん
- 肛門がん
- 中咽頭がん(のどのがん)
- 腟がん・外陰がん
- 陰茎がん
- 尖圭コンジローマ(性器にできるイボ)
3. 「感染の連鎖」で見るHPV:どこで断ち切れるのか
病院の感染対策では、感染は次の6つの輪がつながって起こると考えます。どこか1か所でも断てば、連鎖は止まります。HPVに当てはめると、次のように整理できます。
| 連鎖の要素 | HPVの場合 | 断ち切る方法 |
|---|---|---|
| 病原体 | HPV | 感染後のHPVを直接排除する薬は確立していません |
| 保菌者(リザーバー) | 感染している人(無症状のことが多い) | 症状がなくても感染しているため、見た目や自覚では見分けられません |
| 排出経路 | 皮膚・粘膜 | ― |
| 伝播経路 | 性的接触 | コンドームはリスクを下げますが、覆われない皮膚の接触からも感染しうるため、完全には防げません |
| 侵入門戸 | 皮膚・粘膜の微小な傷 | ― |
| 感受性宿主 | 未感染で、免疫を持たない人 | ワクチンで免疫をつくっておく |
つまり、HPVは病原体側と経路側の対策に限界があるため、宿主(私たち自身)を強くするワクチンが対策の中心になります。さらに、ワクチンで防ぎきれない部分を「がんになる前に見つける」のが検診です。
- 一次予防:ワクチン(感染を防ぐ)
- 二次予防:検診(早期発見・早期治療)
なお、ワクチンはすでに感染しているHPVを排除する効果(治療効果)を持ちません。だからこそ、感染する前に接種しておくことが大切になります。
4. 男性の接種にも意味があります
男性が接種すると、自分自身を肛門がんや尖圭コンジローマ、中咽頭がんなどから守れます。加えて、パートナーへの感染の機会を減らせる可能性があり、社会全体で子宮頸がんを減らすことにもつながります。
海外では、カナダ、イギリス、オーストラリアなどで女性の接種率が8割前後に達しています。男性も接種対象とする国は、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアなど59か国にのぼります(出典②)。
日本でも、9価ワクチン(シルガード®9)が2025年8月に男性への接種対象となりました(出典③)。現時点で男性は公費の定期接種の対象外(任意接種)です。今後の制度の広がりに期待したいところです。
5. 9価ワクチン(シルガード®9)について
9価ワクチンは、子宮頸がんの原因となりやすいHPV型を含む9つの型に対応しています。厚労省は、子宮頸がんの原因の80〜90%を防ぐと説明しています(出典④)。
このワクチンに含まれる型は、HPV陽性の肛門がん(扁平上皮がん)の95.9%(海外データ)、尖圭コンジローマの95%(国内データ)から検出されています(出典③)。
接種スケジュール
- 15歳未満で開始:合計2回
- 標準的には1回目から6か月以上あけて2回目を接種します。
- 間隔は最短でも5か月以上必要です。5か月未満の場合は3回目が必要になります。
- 15歳以上で開始:合計3回
- 標準的には、1回目の2か月後に2回目、6か月後に3回目を接種します。
- 最短間隔は、2回目が1回目から1か月以上、3回目が2回目から3か月以上です。
間隔の細かなルールは、ご自身で数える必要はありません。接種の際は、医療機関でスケジュールを確認してもらいましょう(出典⑤)。
6. HPVワクチンの接種時期はなぜ「早め」がよいのか
定期接種の対象は小学校6年生〜高校1年生相当の女子で、なかでも小学6年〜中学生にかけての接種が勧められています。理由は主に4つあります。
① 初めての性交渉の前が、最も効果を発揮しやすいから
ワクチンは、感染する前に免疫を作っておくことで力を発揮します。初めての性交渉より前の接種が最も有効で、すでに経験があっても意味はありますが、なるべく早いほうがより有効とされています(出典⑥)。
英国からの報告では、12〜13歳で接種した集団は子宮頸がんが約87%減少しました。14〜16歳で接種した集団は約62%、16〜18歳で接種した集団は約34%の減少にとどまりました(出典⑦)。これは2価ワクチンによる英国のデータですが、「早いほど効果が大きい」ことを示す代表的な研究です。
② 若い年齢ほど免疫がつきやすく、回数も少なくて済むから
9〜14歳では、少ない回数でも十分な抗体ができることが知られています。そのため15歳未満で始めれば、3回ではなく2回で接種が完了します(出典⑧)。通院の負担が減るのも、小さくないメリットです。
③ 効果が長く続くことが期待されるから
ワクチンで得られた抗体は、少なくとも12年維持される可能性が示されています(出典⑤)。感染のリスクが高まる10代後半〜20代を、しっかり守った状態で迎えることができます。
④ 公費で受けられる期間が決まっているから
定期接種は、高校1年生相当の年度末(3月31日)までが公費(無料)の対象です。9価ワクチンを15歳以上で始めると、全3回に約6か月かかります。高校1年生相当の方が今から始める場合は、9月中に1回目を受けると、年度内に完了しやすくなります(出典⑥)。
「うちの子にはまだ早いかも」と迷われる保護者の方も多いと思います。上記の理由から、小学6年〜中学生のうちに、お子さんと一緒に相談してみることをお勧めします。
7. 定期接種の対象を過ぎている方へ
かつて積極的な勧奨が差し控えられた期間に接種の機会を逃した世代には、公費で接種できる「キャッチアップ接種」が設けられていました。ただしこの制度は、令和8年3月31日をもって終了しました(出典⑨)。
現在は、定期接種の対象年齢を過ぎている場合、原則として自費での接種となります。それでも、接種の意味がなくなるわけではありません。
- 年齢が若いほど効果は高いものの、性交渉の経験があっても接種する意義はあります。
- 米国CDCは26歳までの接種を推奨しています。27歳以上は、個々の状況に応じて判断するとされています。
費用や、お住まいの自治体に独自の助成があるかどうかは、市区町村の窓口または接種を希望する医療機関でご確認ください。
8. 副反応について:知っておいていただきたいこと
接種後は、体が免疫を作ろうとして、次のような反応が出ることがあります。9価ワクチンの副反応として報告されている頻度は、疼痛が8割、腫れが約4割、紅斑が約4割です(出典⑩)。多くは一時的なものです。
接種をスムーズに受けていただくためのポイントをまとめました。
- 服装:接種部位は肩に近い腕(三角筋)です。肩を出しやすい服装が便利です。
- 痛みやしびれ:針を刺した直後に、電気が走るような強い痛みやしびれがあれば、我慢せずすぐに伝えてください。
- 接種後30分:失神による転倒を防ぐため、背もたれのある場所で安静にし、急に立ち上がらないようにしましょう。
接種後の「広い範囲の痛みや運動障害などの多様な症状」については、その後の研究で、ワクチンを接種していない方にも同様の症状が一定の頻度でみられることが分かっています。現在のところ、ワクチンとの因果関係を示す証拠は確認されていません(出典①④)。
万が一、重い副反応が起きた場合には、予防接種健康被害救済制度や、各都道府県の協力医療機関による支援体制が整っています。不安なときは、接種前に医師や薬剤師へお気軽にご相談ください。
9. 医療者はこう読む:記事の中の「数字」の見方
HPVワクチンの記事には、たくさんの数字が出てきます。数字は便利な反面、前提を知らないと誤解しやすいものです。この記事に出てきた数字について、医療者がどこを見ているかをご紹介します。
「生涯感染確率91.3%」は、日本の数字ではありません
これは米国のモデルによる推計です。性行動や感染しやすさの前提が国によって異なるため、日本にそのまま当てはめることはできません。「感染はありふれている」という事実を示す目安として受け止めるのが適切です。
「子宮頸がん87%減少」は、接種した年齢によって大きく変わります
英国のこの研究では、12〜13歳の接種で約87%、14〜16歳で約62%、16〜18歳で約34%でした。「ワクチンは87%効く」と一言でまとめられがちですが、正しくは「早い時期に接種した集団で最大に近い効果が出た」という意味です。
「1万人が接種すると約70人ががんを避けられる」は、試算です
東京都のページでは、1万人が接種すると子宮頸がんを避けられる人が約70人(推計幅59〜86人)、命が助かる人が約20人(同14〜21人)と紹介されています(出典⑤)。「1万人に70人」と聞くと小さく感じるかもしれませんが、これは接種する人が増えるほど社会全体では大きな数になります。また、仮定に基づく推計であることも大切な前提です。
「接種率」は、何を数えたかで意味が変わります
「1回以上接種した割合」と「決められた回数を完了した割合」では、数字が違います。国ごとの接種の仕組み(学校での集団接種か、医療機関での個別接種か)でも大きく変わります(出典⑪)。海外の接種率を比べるときは、定義と年次を確認する必要があります。
「疼痛が約82%」は、多くが接種した部位の局所反応です
数字だけを見ると多く感じますが、内訳は接種部位の痛みや腫れが中心で、多くは数日で軽快します。副反応の頻度を見るときは、「どんな症状が」「どのくらい重く」「どのくらい続くか」も合わせて見ることが大切です。
「因果関係が証明されていない」は、「調べていない」ではありません
これは、接種した人と接種していない人で症状の出方を比べ、ワクチンとの関連を示す証拠が確認されていない、という意味です。「ゼロと証明された」という言い方はできませんが、安全性の評価は継続して行われています。
10. よくある質問(薬剤師が窓口で聞かれること)
Q1. 他のワクチンと同時に打てますか?間隔はあけるべきですか?
HPVワクチンは、ウイルスの遺伝子を含まない「不活化ワクチン」に分類されます。現在の予防接種のルールでは、麻しん風しん(MR)など「注射の生ワクチン」を接種した後に、別の注射の生ワクチンを接種するときだけ、27日以上あけることになっています。HPVワクチンの前後には、インフルエンザワクチンや二種混合(DT)など、他のワクチンとの間隔の制限はありません(出典⑫)。
同時接種も、医師が特に必要と認めた場合には可能です。その場合は、それぞれ別の部位に接種します。日程の調整で迷ったら、接種する医療機関にスケジュールをそのまま相談してみてください。
Q2. 血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を飲んでいます。筋肉注射を受けても大丈夫ですか?
HPVワクチンは筋肉注射のため、抗凝固薬を服用している方や、血小板減少症、凝固障害のある方は、出血のおそれがあります。添付文書でも注意が必要な方として挙げられており、接種してよいかどうかは医師が個別に判断します(出典⑬)。
大切なのは、接種を受ける際に、服用中の薬を必ず医師に伝えることです。接種後に通常より長く押さえて止血するなどの配慮がとられることがあります。薬を止めるかどうかは、自己判断せず、必ず処方医と相談してください。お薬手帳をお持ちいただくと話が早く進みます。
Q3. 接種後の痛みや発熱には、どう対処すればいいですか?
接種した腕の痛みや腫れは、多くの場合、数日で軽くなります。次のような過ごし方がお勧めです。
- 接種部位が痛むときは、保冷剤をタオルで包んで軽く冷やします。
- 入浴は可能です。接種部位を強くこすらないようにしましょう。
- 当日は、激しい運動を控えめにします。
- 痛みや発熱がつらいときは、アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛薬を使えます。症状が出てから使えば十分で、あらかじめ飲んでおく必要はありません。他の薬との飲み合わせが気になる場合は、薬剤師にご相談ください。
次のような場合は、早めに医療機関に連絡してください。
- 息苦しさ、全身のじんましん、顔の腫れが出た
- 高い熱が続く
- 腕の強い痛みやしびれが、何日も続く、あるいは悪化する
Q4. 部活や受験、体育の予定と、どう調整すればいいですか?
次のような工夫が役立ちます。
- 腕の選び方:ふだんの生活への影響を減らすため、利き腕と反対側に接種してもらえるか、相談してみましょう。
- 接種当日:部活の全力の練習や大会は避け、体調を見ながら過ごしましょう。
- 日程の組み方:大会、修学旅行、定期テスト、受験の直前は避け、余裕のある時期に設定すると安心です。春休み・夏休みを活用するのも一案です。
- 回数と間隔:15歳になる前に始めれば2回で済み、2回目は1回目から6か月以上あけます。中学3年生でも15歳未満で1回目を受ければ2回接種です。高校入試の日程を見ながら、早めに逆算して計画しましょう。
- 公費の期限:高校1年生相当の年度末(3月31日)までが対象です。15歳以上で始めると全3回に約6か月かかるため、早めの相談をお勧めします。
11. おわりに:ワクチンと検診の「両輪」で
HPVワクチンは、すべての型のHPV感染を防げるわけではありません。そのため、20歳になったら子宮頸がん検診を定期的に受けることも大切です(現在の国の指針では2年に1回です)。
ワクチンで感染を予防し、検診で早期に異常を見つける。この2つがそろうことで、ご自身と大切な人の未来をより確かに守れます。ご不明な点があれば、身近な薬剤師にいつでもご相談ください。
執筆:感染制御認定薬剤師・抗菌化学療法認定薬剤師(病院薬剤師)/最終更新:2026年9月
出典
- ① Chesson HW, et al. Sex Transm Dis. 2014;41(11):660-664
- ② 東京都保健医療局「ワクチンの接種状況 海外では?」https://www.vaccine.metro.tokyo.lg.jp/topics3.html
- ③ MSD株式会社 プレスリリース(2025年8月25日)https://www.msd.co.jp/news/product-news-20250825/
- ④ 厚生労働省「HPVワクチンに関するQ&A」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_qa.html、厚労省リーフレット(小学校6年〜高校1年相当の女の子と保護者の方へ)https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html
- ⑤ 東京都保健医療局「HPVワクチンの定期予防接種について」https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansen/info/hpv/hpv
- ⑥ 女性の健康推進室ヘルスケアラボ(厚生労働省研究班監修)https://w-health.jp/screening_vaccine/hpv_under16/
- ⑦ Falcaro M, et al. Lancet. 2021;398:2084-2092
- ⑧ Iversen OE, et al. JAMA. 2016;316:2411-2421
- ⑨ HPVワクチンのキャッチアップ接種について|厚生労働省
- ⑩ 板橋区(厚生労働省資料に基づく副反応頻度)https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kenko/kenshin/yobou/1049862/1016169/1038365.html
- ⑪ 日経ビジネス「海外で進む男性のHPVワクチン接種 そのメリットは?」https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00283/040300188/
- ⑫ 厚生労働省 予防接種実施規則・予防接種ガイドライン(異なるワクチンの接種間隔)
- ⑬ シルガード®9 添付文書(PMDA)


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